2010年02月03日

指に宿る邪 8

 2月3日――節分の日に柚紀は、スーパーマーケットに立ち寄った。そして、落花生が大々的に売り出されている光景を目にする。
「そっか。今日は節分か」
 そう呟いてから思い出すのは、家でゴロゴロしている双子の兄妹のこと。つい忘れてしまいがちだが、彼らは鬼なのだ。
 ならば、今日という日を鑑みれば、柚紀が採る行動は…
 がさ。
「たまには仕返ししなくちゃね」

「ただいま」
『おかえりー』
 トテトテと玄関先に出てきた双子が、声を揃えて言った。
 柚紀はそんな二人を意味ありげに見返し――
 がさがさ。
 鞄から落花生をとりだした。
 双子――阿鬼都と鬼沙羅は神妙な顔つきで沈黙し、それからおもむろに口を開いた。
『…じ』
「じ?」
『児童虐待っ!』
 数十メートル先まで届きそうな叫び声だった。
「ちょっ! ご近所に誤解されそうなこと――」
「殺されるーっ!」
「いやあーっっ!」
 柚紀が土下座して謝る頃には、ご近所の視線が数週間ほど冷たくなることは間違いない状況になっていた。
「はぁ」

 ぽりぽり。
「食べるのは平気なのね」
 落花生を黙々と食べる阿鬼都と鬼沙羅を目にし、柚紀が呟いた。
 それを耳にし、双子はしばしきょとんとする。それからおかしそうに笑った。
「? どうしたの?」
 柚紀が尋ねる。
 すると、阿鬼都が口を開いた。
「僕ら、豆なんて別に怖くもなんともないよ」
「は?」
「ぶつけられたら痛いけど、それだけだよ」
「そ、それじゃ別に、凄く苦しんだりとか死んだりとか…」
 茫然と呟いた柚紀を目にし、双子の鬼はまばゆい笑みを浮かべる。
『そんなわけないし。変な柚紀』
 ぶちぃ!
 何かの切れた音が響き、それから柚紀がおもむろに立ち上がる。彼女の手には落花生の入った袋が握られている。
「――ッ! 鬼はあぁあ外おぉおっっ!!」
「きゃあー!」
「逃げろー!」
 鬼のごとき形相の人間と、可愛らしい笑顔を浮かべた鬼達の追いかけっこが始まった。
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2009年12月04日

指に宿る邪 7

 本日は月曜日。柚紀は午前10時40分から大学の授業に出る予定だ。
 その準備をし終え――
「あれ? 柚紀、指輪つけてくの?」
「柚紀を捨てた男と一緒に買った元結婚指輪、つけてくの?」
 鬼沙羅、阿鬼都がそれぞれ言った。
「うるさいわよ、阿鬼都」
 柚紀はこめかみに青筋を立てつつ、右手の中指に新郎がつけるはずだった指輪を、左手の人差し指に自分がつけるはずだった指輪をつけた。
「どうしたの? 私たちが来てから初めてじゃない?」
「だよな」
 実際は買ってから初めてつけたのだが、わざわざそのようなことを口にするほど柚紀も間抜けではない。
 そんなことよりも、尋ねられたことに応える。
「このあいだ来た知稔さんがあんたたちのこと狙ってる――っていうのは大袈裟だけど、まあちょっとまずい感じじゃない? だから家に置いていくのも不安だと思ってね」
「んー。別にあの人が来ても返り討ちにするけど…」
 阿鬼都はノリ気ではないようだ。
 一方、鬼沙羅は嬉しそうに笑っている。
「私はおでかけ嬉しいなぁ。そうだ! ねぇねぇ、柚紀。アレに入れてけば? あの巾着袋」
 そう尋ねられると、柚紀はとんでもないというように頭を振った。
「袋に入れてこっそり持ち歩いてるのがバレたら『まだ未練あるんだぁ』とか思われかねないでしょ。それよりだったら堂々とつけるわよ」
 阿鬼都と鬼沙羅は共に、柚紀らしいなぁとため息をつく。
「あ。そういえば、阿鬼都がどっちで鬼沙羅がどっち? 今まで気にしたこともなかったけど」
「僕は、柚紀が右手につけてる方だよ」
「私は左手」
「ふーん」
 答えを耳にすると、柚紀は両手を目の前にかかげ、マジマジと見た。当たり前だが、見ただけではわからない。
 そんな柚紀を目にしながら、
「だから誰か殴るなら左手がいいよ。鬼沙羅の力の方が少しだけ弱いから」
 阿鬼都が言った。
 それに対し柚紀は、
「いくら私でも、そうそう殴ったりしないわよ!」
 よくわからない点は無視し、文句を大音量で紡いだ。
 ついでに鬼沙羅も、
「阿鬼都のばかぁ! そんなハッキリ言うなんてデリカシーないっ!」
 叫んだ。弱いと言われたのが気に食わなかったようだ。

 タッタッタッタッ。
「はぁはぁ…」
 双子と話し込んだせいで遅刻しそうになり、柚紀は駅から走って大学へ向かった。
 いつもであれば遅刻しても気にしないのだが、今日は講義のはじめに課題を集めるため遅れるわけにはいかない。
「はぁ… きっつ…」
『がんばれー。柚紀ー』
『がんばってー』
「…あんたたち、楽でいいわね」
 現在、阿鬼都と鬼沙羅は指輪に宿った状態である。そのため、走る必要がないのだ。こころもち、声もこもって聞こえる。
 ところが――
 ぽんっ。
「じゃあ、私も一緒に走ろっと」
「ぼーくも!」
 双子の声が突然きこえやすくなった。
「あ! 阿鬼都! 鬼沙羅! 外にいる間は出てこないように言ってあったでしょ!」
「えー?」
「なんでー?」
 クスクス。
 おかしそうに含み笑いをしながら、双子がトテトテと走る。
 そして――
「何でもいいから!」
「やだもーん」
「鬼さんこーちら。手のなるほぉへ」
「鬼はあんたらでしょーが!」
 クスクス。
「逃げろー」
「きゃー」
 おいかけっこが始まった。

 その後、柚紀は何とか遅刻せず講義に出席した。課題も無事に出すことができ、万々歳である。
 なのだが――
「きゃー! かわいい!」
「お名前は何ていうのかな?」
 講義が終わると同時に、友人たち数名に囲まれたのはあまり喜ばしくない。
 何がきっかけで双子の正体がバレるかわかったものではない。
 そのように柚紀がハラハラしている中、当の双子はというと…
「阿鬼都だよ」
「…鬼沙羅」
 阿鬼都が堂々としている一方で、鬼沙羅は阿鬼都の陰に隠れている。意外と人見知りをするらしい。
「ねえねえ。柚紀」
 柚紀に声をかけたのは彼女の友人の一人だ。阿鬼都をなでながら、柚紀に視線を向けている。
「…何よ?」
「この子たち、あんたの子供?」
 ずーん。
 怒るのも忘れて項垂れる柚紀。
(言われるとは思ったけどね)
 予想はしていたため、それほど腹も立たないようだ。
 しかし――
「柚紀ママが小学生の時に僕らを産んだんだ」
「んなわけあるかああぁあ!」
 阿鬼都の言葉には流石に叫んだ。
 そして、急いで言い訳する。
「親戚の子よ。ちょっとのあいだ預かってるの」
「ふーん」
 かなりいい加減な説明だったが、その場にいる全員が納得した。小学生の妊娠・出産に比べれば、はるかに真実味があったためだろう。
「あれ? ところで鬼沙羅は…」
 いつの間にか鬼沙羅の姿が見えなくなっていた。指輪の中に入ったのかと思われたが――
 違った。
「はぁはぁ… お嬢ちゃん可愛いねぇ… お兄ちゃんと一緒にあっちの暗がりでいいことしない?」
「い、いやぁ…」
 長身・長髪の男に抱き上げられていた。発言はともかく、容姿的側面からならいい男と言えなくもない。
 鬼沙羅は彼――大学一の変態男、多色一雄によって教室の隅に連れ去られていたのだ。
「鬼沙――」
「なにやってんのよ! このド変態っ!!」
 ばちぃいんっ!
 阿鬼都が鬼沙羅に駆け寄るよりも早く、柚紀が一雄を平手で殴った。
 女が男を殴ったのだ。せいぜいが床に倒れるくらいかと誰もが考えた。しかし――
 ひゅっ! どんっ! ガラガラ!
「…ぼ、僕が倒れても…世に幼女がいる限り…ロリコンは永遠に不滅だ… てか、痛気持ちいい…」
 ………………………………
 長い沈黙だった。
 一雄が、柚紀の平手で20メートルほどぶっ飛んだのだ。
 ………………………………
「…うわああぁあぁあん! 柚紀ぃ! よくわかんないけど怖かったああぁあ!」
 しばらくすると鬼沙羅が泣き出した。
 そうして沈黙は破られた。が、鬼沙羅以外の声が発されるのには、まだしばらく時間がかかった。
(…阿鬼都が言ってた、殴るなら左手とか、鬼沙羅の方が弱いとかっていうのは――)
 沈黙の帳が下りるなか、柚紀は視線を巡らす。そして、倒れている一雄を瞳に映す。
(これかあ…)
 はぁ。
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2009年11月25日

指に宿る邪 6

 その日、柚紀は朝から気が気ではなかった。
 というのも――
「ねぇ、阿鬼都。鬼沙羅。いい加減、機嫌直さない?」
 ぷいッ。
 頬を膨らませて、2人は同時にそっぽを向く。
 そう。いつも仲のいい2人が喧嘩しているのだ。
 ことの起こりは今朝。朝8時16分のことである。

「あれ〜? おかしいなぁ」
「どうした? 鬼沙羅」
 冷蔵庫を開けて中身をひっかきまわしていた鬼沙羅。
 彼女のそんな行動に疑問を覚え、阿鬼都が尋ねた。
「あ。阿鬼都お兄ちゃん。んとね。昨日柚紀にもらったプリンがなくて…」
 昨日知稔が帰ったあと、結局柚紀は食欲不振のため、自分の分のアイスを阿鬼都に、プリンを鬼沙羅にあげていた。
 阿鬼都は自分の分と共に直ぐ食べていたが、鬼沙羅は大事にとっておいていた。それがないのだ。
「あぁ、あれ。僕が食べたよ?」
 …………………………
 沈黙。そして――
「ええぇえ?!」
「な、なんだよ。おっきな声だして」
「なんで?! なんで食べたの?!」
 涙目になって詰め寄る鬼沙羅を目にし、阿鬼都はたじろぐ。
「な、なんでって… 鬼沙羅が食べないみたいだったから――」
「今日食べるつもりだったの! 寝る前から楽しみにしてたのにぃ…」
 しばらくは、さめざめと泣いていた鬼沙羅。
 しかし、両手でガシガシと涙を拭うと、キッと阿鬼都を睨んだ。
「阿鬼都のばかぁ!」
「な、何だよ! 早く食べない鬼沙羅が悪いんだろ!」
「ばかあぁあ!」
 この騒動に驚いて柚紀が目を覚ますのに、さほど時間はかからなかった。

 ぷいッ。
 それから時が経ち、そろそろ14時になろうとしている。
 鬼でも食べ物の恨みは恐ろしいようだ。
(…これ、どうなんだろう? 一昨日の犬の時みたいになってるのかなあ)
 知稔が恐ろしい気配を感じたのは、双子が怒りを顕にしたその時だった。
 今もそのような状態だとしたら――
(知稔さんが2人を退治しにきちゃう…!)
 部屋をウロウロし、座り込んで考え込み、再び部屋をウロウロ。
 挙動不審な家主は、いよいよ良い考えに至る。非常に単純ではあるが…
「プリン買ってくる! あと、ケーキとアイスも! それで機嫌直すのよ!」
 財布を手にし、柚紀は玄関から飛び出した。
 目指す場所は近所のコンビニだ。

「…ねぇ。阿鬼都」
「…なに?」
 部屋の端と端に陣取っていた2人は、少しだけ歩み寄った。
「柚紀。なんであんなにオロオロしてるのかなぁ?」
「さぁ?」
 2人は仲良く首を傾げた。それから、俯く。口のはしには――
 クスクス。
 笑みがあった。
「柚紀が面白くて怒ってられないよぉ」
「わかる。僕もばからしくなってきた」
 クスクス。
 それぞれ笑いながらそのように口にした。
 そして双方、自分の分身に微笑みかける。
「ごめん。鬼沙羅」
「ううん。私こそ、うるさく言ってごめんね、お兄ちゃん」
 素直に謝りあうと、2人はクスクスと楽しそうに笑った。
「柚紀の前ではまだ喧嘩したふりだぞ?」
「うん。もっとオロオロさせて楽しみたいもんね」
 クスクス。

「…こだわり卵のとろけるプリン、1つしか残ってない」
 2人が仲直りしたことなど知るよしもない柚紀は、コンビニのデザート棚でかたまっていた。
 理由は彼女が口にしたとおりだ。
(1つだけ買っていったらまた喧嘩に…)
 そのように考え、柚紀は決意する。
(ちょっと遠いけど…他のコンビニ行かなきゃ!)
 若者の体力が浪費された瞬間だった。
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2009年11月23日

指に宿る邪 5

 柚紀が阿鬼都・鬼沙羅を捨てて、連れ戻して、という奇行をとった翌日のこと。
「柚紀ー、アイス食べたいなー」
「私はこだわり卵のとろけるプリン」
 そこで2人は一拍置き、
『買ってきて』
 ぶち。
「ふざっけんなああぁあぁあっ!」
 文学の授業で提出するレポートを書く手を止めて、柚紀が叫んだ。
「柚紀うるさーい」
「近所迷惑ぅ」
「やかましい! いいのよ、まだ昼間なんだから!」
 当然ながらいいことはない。良い子も悪い子も真似してはいけない。
「そんなことより! 私、一応ここの家主! あんたらは居候! なんで私がパシられなきゃいけないのよ!」
 もっともな意見だった。しかし――
「私たちのこと、捨てようとしたくせに…」
「僕ら、凄く傷ついたのに…」
「う」
 もっともな反撃にぐぅの音も出なかった。
「…いってきます」
『いってらっしゃーい』

「ありがとうございましたー」
 愛想のいいコンビニ店員に見送られ、柚紀は家路についた。
 彼女が手にしている袋の中には、カップアイスとプリンが3つずつ。さらには牛乳1パック。
「たくっ。あいつらいつか泣かせてやるっ」
 そう悪態をつきながらも、レジ袋の中身は優しさで満ちているのだから、素直じゃないにも程がある。
 とはいえ、はた目には鋭い目付きでドシドシと歩く女だ。その上、悪態までついている。
 道行く人が目をそらすのも、自然な流れだった。
 しかし、一名だけ例外がいた。
「もし。ご婦人」
「?」
 声をかけられて柚紀が振り返ると、そこにはお坊さんがいた。
「…あー。私、キリスト教徒なんで。じゃ」
「これ。勧誘では御座いませぬ。少々お待ちいただけませぬかな?」
 そう下手に出られては、無下にして立ち去るのも気が引けた。
「何か用ですか?」
「ご婦人。怪しの物に困っておいでではないかな?」
 どきっ。
 正直に言えば、当然ながら柚紀は困っている。しかし、それをこの場で口にするわけにはいかない。
 目の前にいる人物は、見るからに除霊といった類いの事柄が得意そうなのだから。
 少し前ならば、これ幸いとばかりに二つ返事を返し、双子の退治を頼んだろう。
 しかし、今は――
「別に困ってなんかいません。それでは失礼します」
 余計なことを口にする前に、早々に立ち去った。
「……………鬼の気配」

「ただいま」
『おかえりー』
 双子が玄関まで走ってきて出迎えた。そして、真っ先にレジ袋に飛び付く。
「あー、アイス3つある」
「プリンもー」
「どうせだから全員分買ってきたのよ」
『うわぁ、ありがとー!』
 満面の笑みで礼を述べたあと、なぜか双子は揃って首を傾げた。
「? どうしたの?」
『その人だあれ?』
 阿鬼都・鬼沙羅ともに柚紀の後方を指差す。
 そこには――
「やはり怪しの物がおるではありませんか」
「うきゃはああぁあ!」
 背後に立っていた坊主に驚き、柚紀が奇声を上げた。
「あはははは!」
「柚紀、おもしろーい」
 双子が楽しそうに笑った。
 一方で、柚紀は顔色を青くして、口をパクパクさせている。
(阿鬼都と鬼沙羅が退治されちゃう!)
 危機感を覚えた柚紀は、腰を落として坊主に素早くタックルした。
「うわ! いけませんぞ! 拙僧は仏にお仕えする身。貴女様のお気持ちに応えるわけには…」
 馬鹿なボケを坊主がかましている一方で、柚紀は真剣な面持ちで叫ぶ。
「阿鬼都! 鬼沙羅! 逃げて!」
 必死の叫びがこだまする。
 しかし、当の双子は目をパチクリさせて、小首を傾げるだけだ。
『なんで?』
「なんでって、この坊さんがあんたらを退治しようとしてるからよ!」
「拙僧はそのようなこといたしませぬぞ?」
「ほら――へ?」
 柚紀はタックルをかましたままの態勢で、呆けた。

 詳しく話を聞いてみると、坊主は確かに鬼を退治しようとしているが、その対象は阿鬼都・鬼沙羅ではないようだった。
 もっと危険で、人に害を与えそうなものがこの界隈をうろついているらしいのだ。
「ちょっと失礼じゃない?」
「僕らのこと眼中にないってことだもんねー」
「こら! 変なこと言わない! ならせっかくだし、とか言い出したらどうすんのよ!」
『返り討ち』
「はっはっはっ! 勇ましい子らだ」
 坊主は豪快に笑い、阿鬼都の頭をガシガシとなでた。続けて鬼沙羅の頭に狙いを定める、が…
 タタタタタ。
 鬼沙羅は小走りで柚紀の陰に逃げ込んだ。
(鬼とはいっても、女の子ねぇ)
 と苦笑しつつ、柚紀は坊主に疑問をぶつける。
「ところでお坊さん。お名前は?」
「あぁ。これは失礼いたしました。拙僧の名は白夜知稔。気龍寺の僧です」
 気龍寺は、柚紀宅と柚紀の実家の中間辺りにある寺だ。
 ついでに言えば、柚紀の家――天笠家はそこの檀家である。
「知稔さんですか。私は天笠柚紀です。そして、阿鬼都と鬼沙羅です」
『はじめまして』
 声を揃えて挨拶した双子を、知稔は柔らかい笑みを携えて見つめる。
「可愛らしいですなぁ。昨日感じた邪気とはえらい違いだ」
「昨日感じた邪気ですか?」
「ええ。昨日午後6時頃、強大な邪気が近所の川原付近から感じられたのです。大量虐殺など朝飯前でしょうな、あれほど強大な力があれば」
「ふぅ〜ん」
 適当な返事をしつつ、柚紀は買ってきた牛乳をひと口。そこでふと気づく。
(昨日の午後6時頃で川原って…)

『…去ね。獣』
『それとも奈落に堕つるか?』

(もしかして、阿鬼都と鬼沙羅が、犬にぶちギレたとき?)
 そのような考えを抱き、柚紀は不安になる。
 ゆえに、その不安を払拭するために、尋ねる。
「あの、ちなみに、その川原ってどの辺りですか?」
「あぁ、それは――」
 …嫌な想像は…当たっていた。

「それでは拙僧はこれで。失礼いたしました。牛乳、美味でありました」
『ばいばーい』
 機嫌よく手をふる阿鬼都と鬼沙羅。
 そんな彼らに対して知稔もまた、笑みを携えて手を振り替えしている。
 その微笑ましい光景を瞳に映しながら、柚紀は神仏・悪魔・閻魔様、それぞれに対して節操なく祈っていた。
(どうか知稔さんが、阿鬼都と鬼沙羅こそが探している相手だと気づきませんように!)
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2009年11月18日

指に宿る邪 4

 だだだだだだっ!
 柚紀はすごい勢いで駆けていた。すれ違う人々が何事かと目で追うほどに。
(帰ったら掃除してお風呂入ってテレビ観てラジオ聞いて…)
 走りながらやることを羅列し続ける。余計なことを考えないように。
 そして20分ほど走り続けて、ようやく彼女は家にたどり着いた。

「…つ、つかれた。ただい――」
 ついつい近頃の癖で帰宅を告げる挨拶を口にしそうになった。しかし、それに応える相手はいない。
「ただいま15時12分!」
 もちろん、誤魔化すためのおかしな発言に応えてくれる相手もいない。
 むなしかった。

 柚紀はまずお風呂に入った。何も考えずに――いや。何も考えないように努力しながら。たっぷり2時間。
 そして、それから掃除を始めた。
 まずは掃除機をかける。さほど深く考えず、ただひたすらに。
 静けさかの中に、掃除機の生み出す轟音だけが響く。掃除機に負けまいと声を張り上げる者は…もういない。
「よし、終わり! 次は本棚の整理!」
 静けさをぶち破るように、柚紀は大きな声を出す。そして作業を始めた。
 本棚には実用書の類いが多い。柚紀が小説などを好まないためである。
 実用書以外で置いてあるのは――
「アルバム…」
 ゴクリと喉をならしてから、柚紀は赤表紙の冊子を開く。
「…やっぱいるよね」
 開いたページには、柚紀の婚約者だった山田太郎がいた。
 彼が花子という女と逃げたあと、柚紀を支配したのは怒りだった。
 阿鬼都と鬼沙羅が柚紀の怒りをきっかけとして現れたことからも、それはわかる。
 しかし、そこに有ったのは怒りだけではなかった。
 自分が捨てられたという事実が、情けなくて、悔しくて。恨んで、そして――
「私は、馬鹿だ…!」
 柚紀は勢いよく立ち上がり、玄関に向かった。瞳にたまっていた涙は、その際の勢いで四散した。
(捨てられる悔しさを、辛さを、悲しみを知ってるのは、誰よりも私自身じゃない!)

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
 柚紀は息を切らせて、川辺まで戻ってきた。辺りは暗くなってきており、たそがれ時と呼ぶにふさわしい時間帯だ。
 暗さゆえに探し物を見落とすことなどないように、柚紀は注意深く辺りを見回す。
 と、その時――
「あっちいって!」
「近寄るなよ!」
 聞き覚えのある声を聞き、柚紀は視線をそちらへ向ける。
 そこには、目的の者たち以外にも、黒くて大きなやつがいた。
(ど、ドーベルマンを放し飼いって…どこの馬鹿よ!)
 阿鬼都と鬼沙羅の前には、彼らよりも大きな体の犬がいた。
 …いや。正確にはそうではない。犬の前に阿鬼都と鬼沙羅が立ちはだかっているのだ。
「あの子たち、何やって――」
「これは大切なものなんだから! 絶対に渡さないもん!」
「そうだぞ! 柚紀からの、最初で最後のプレゼントなんだからな!」
 双子の影には、あの巾着袋があった。
 彼らはそれを、守っていたのだ。
「………っ!」
 気がつくと柚紀は駆け出し――
 がっ!
 ドーベルマンが大口を開けて双子たちを攻撃しようとした、まさにその時に飛び出し、代わりに体当たりを食らった。
「っつ!」
「ゆ、柚紀!?」
「柚紀ぃ!」
 双子が突然のことに動揺している一方で、ドーベルマンは再び攻撃に移ろうとする。
「に…逃げなさい…」
 弱々しいひと言が柚紀の口から漏れ、阿鬼都と鬼沙羅はゆらりと立った。
 ドーベルマンは、そんな彼らに向けて飛びかかる。
 そして――
 ばあぁあん!
 …ドーベルマンが弾き飛ばされた。
「…去ね。獣」
 呟いたのは鬼沙羅だ。
 続いて、
「それとも奈落に堕つるか?」
 阿鬼都が言った。
 しばし犬は気丈に鬼たちと見合っていたが、やがて弱々しく泣き叫び、去っていった。

「無茶しないでよ! 柚紀の…! 馬鹿ぁ…!」
「……………………」
 泣きわめきながら抗議したのは鬼沙羅。
 無言で抗議したのは阿鬼都だ。
 それぞれに怒っているようだが、もちろん、柚紀が彼らを捨てようとしたからではない。柚紀が無茶をしたから怒っているのだ。
 しかし、柚紀だとて彼らを助けるつもりだったのだ。馬鹿と言われる筋合いはない。
「ば、馬鹿とはなによ! あんたらこそ、そんな…」
 鬼沙羅が持つ巾着袋を瞳に映し、柚紀はため息をつく。
 そして、
「っていうのは、あとにしましょう」
 色々と言いたいことがある。けれど、柚紀は飲み込んだ。わざわざ暗くなってきた川原で語ることもあるまい。
 彼らには、語り合う場所が――家があるのだから。
「帰るわよ。阿鬼都。鬼沙羅」
 呼び掛けられると双子は瞠目し、顔を見合わせた。それぞれの顔に、笑みが広がっていく。
 巾着袋を手にとり、二人は柚紀の足元に駆け寄った。
『ただいま! 山田柚紀かっこ旧姓天笠柚紀かっこ閉じになる予定だった天笠柚紀!』
「…おかえり」
 柚紀のこめかみには青筋が立っていた。しかし、瞳は嬉しそうだった。
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