2009年12月01日

竜 4

 閑静な田舎の村がにわかに騒がしくなる。先ほどの竜来襲を報せる叫びが、小さな村に伝播していったのだろう。
 村人と一部の傭兵達が逃げ惑う中、私達は竜が現れた方向へ向かって――いなかった。
「ジュネス! 竜が出たというのに何をしているんだ!?」
「別に待ってりゃ向こうから来んだろ。わざわざ体力使って向かう必要もねぇさ」
 もっともらしく…聞こえた。確かに体力は温存しておいた方がいい。
 …しかし、いいのだろうか。
 先述した通り逃げ惑っている腰抜けの傭兵もいるが、勇敢に竜を目指して駆け出した者もいる。彼らと協力した方がいいようにも感じるが…
 傭兵達に目を向けてそのようなことを考えていると、ジュネスもまた彼らを見た。そして――
「あぁ。それに、あいつらが捨てゴマになりゃあ、ちっとは楽になるかもしれねぇしな」
「なっ! 君! それはいくらなんでも――」
「はいはーい。ちょおっと落ち着こうね」
 私がジュネスにくってかかろうとした時、イーヴェラさんが間に割って入った。そして、私に笑顔を向ける。
「あのね。よく考えてみて。全員がいま竜に向かったら、もしもの時に誰が村の人を守るのかなぁ?」
 …ああ、なるほど。それは確かにそうだ。
 しかしまあ――
「はっはっはっ! 相も変わらず発言が素直じゃねぇな、ガリオン!」
 ギリュウ殿の言う通りだな。
「………………けっ」

「お。おでましか」
 あれから数分。混乱している村人や傭兵を一ヶ所に集め終えた頃、巨体が空を翔けてやってきた。
 黄土色の鱗が陽の光に照らされている。かつて目にした悪魔の色が…
「さて。ババァ」
「場合が場合だし、文句は控えてあげるわ。何?」
「まずはお前が守りを頼む。カリムと村の連中は任せた」
「はいよ」
 親指を立て、イーヴェラさんは笑みを浮かべた。その後、ギリュウ殿へ視線を向ける。
「ギリュウ。あんたはジュネスの攻撃を補助なさい。ただし、古代竜が相手なのだから無理は禁物よ。あんたの攻撃は一切効かないと思っておきなさい」
「了解です」
 ギリュウ殿は胸を力強く叩き、応えた。ジュネスも指をコキコキ鳴らし、古代竜を睨んでいる。
 そして数秒ののち――
「よし! 行くぜ、犬!」
「応っ!」
 駆け出した。

「はあぁあっ!」
 まず、ギリュウ殿が気合と共に地面を殴った。するとそれにともない、古代竜の真下の地面が盛り上がり、巨体を襲った。
 直撃…したように見える。
「やっ…た…?」
「いいえ。あの程度ではそもそも鱗で弾かれる。あれは目眩ましよ」
 素人目にはじゅうぶん強力そうに見えた。それが目眩ましだなんて…
「R Dzmg Tlw'h Sznnvi... Ortsgvmrmt!」
 ずがああぁああぁあっ!
 私が古代竜の頑強さに絶望している中、光が空間を駆け抜けた。ジュネスが放った雷の魔法だ。
 いま私達がいる村を包み込みそうなほど大きな雷が、竜がいると思しき中空を染めた。
 ギリュウ殿の攻撃がたてた土埃のおかげで定かではないが、こちらも直撃したようだ。しかし、先ほどの例もあるため素直に喜んでもいられない。
「…あの攻撃も鱗に弾かれるのでしょうか?」
 イーヴェラさんに尋ねてみた。
「んん… 流石にアレは効くかな。ジュネスの火力はとんでもないしね」
 そうなのか! なら――
「まあそれも――」
 ん? あの…影は…?
 ――なっ!?
「当たればの話なんだけどね」
 土埃が晴れるとそこには、ギラギラとした瞳を有す生き物がいた。その鱗には傷ひとつついていない。
「よ…避けたのか?」
 私の呟きを耳にし、イーヴェラさんは小さく首を振った。
「いいえ。避けたわけじゃない。防いだのよ」
「し、しかし、先ほど――」
「鱗で防いだんじゃないわ。古代竜は――」
 ぐああぁあぁああぁあっっ!!
 その時、竜がいなないた。そして――
 ぶわあぁぁあ!
 炎がジュネスやギリュウ殿、更には私達を襲った。
「Zmgr Uiznv!」
 しかし間一髪、イーヴェラさんが守りの魔法で防いでくれた。
 炎は四散し、消え去った。
 …それはいい。喜ばしい結果だ。それよりも――
「イーヴェラさん。私の勘違いかもしれないのですが…先ほど竜は炎を――吐きませんでしたよね」
 私の問いに、彼女はコクりと頷く。
「そうよ。今の攻撃も、さっきの雷無効化も、特殊な力によるもの」
 やはり、か…
「古代竜は――魔法を使えるのよ」
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2009年11月20日

竜 3

 首都グラドーから南西に向かった地。そこにはイェーメという村が在る。蜜柑が名産品の長閑な村だ。
 その長閑な村は、現在痛々しい程の緊張状態が続いている。というのも、ごろつき紛いの傭兵達が昨日から駐屯しているためである。
「この村の連中も気の毒な話だな。目付きの悪ぃ奴らばっかで落ち着かねぇだろ」
「私が村人と世間話をした結果、圧倒的多数の支持を得たキングオブ目付き悪い奴は君だぞ?」
 先ほど仕入れた情報を開示してやると、ジュネスは仏頂面を携えて、光栄だな、などと呟いた。実際どう考えているかは…まあ知らんがね。
「時にカリム。まだ今回のスポンサーが誰か聞いてねぇぞ。どこのどいつなんだ?」
 ジュネスが尋ねた。
 そう。今回の件、傭兵が多数集っていることからも分かる通り、軍は動いていない。面子を気にする軍が、ジュネス単独ならともかく、不特定多数の助けを借りようとするはずがない。
 軍は、私がジュネスの出動をちらつかせても、結局重い腰を上げなかったのだ。
 …皆様は、そんな体で面子も何もないだろう、などと思われたことではないか。私もそう思う。
 さて。そんなことはともかくとして、今回のスポンサーをご紹介するとしよう。ジュネスも隣で渋面を作り待っていることだしな。
「今回私達――というか、ここにいる全員に報酬を支払い、この村での滞在費をも持ってくれるのは、レウニオン卿だ」
「レウニオン? そいつは確か…」
「ああ。この前の事件でご息女を亡くされている、あのレウニオン卿さ…」
 魔獣デルタ事件で亡くなった貴族の令嬢というのが、ミライア・レウニオン。子爵ガンダルフ・レウニオンの一人娘だった…
「娘を亡くしたばかりだっつぅのに、世のため人のためか。へっ。ご立派で頭が下がるね、まったく」
 明らかに馬鹿にした風だが、実際はそうでもない。ジュネスが本当に気にくわない時は、何も話さなくなり、眼光だけが鋭くなっていくのだ。
 今回はどちらかといえば機嫌がよさそうだ。レウニオン卿のことを気に入った証拠だろう。素直に認めることはないと思うが。
「にしても、無駄に多く雇ったな。貴族様は節約って言葉を知らねぇのか?」
「相手が相手だからだろう? 君でも勝てるかどうか怪しいという話じゃないか」
「はっ。問題は質だろ。雑魚を大量に集めてもよぉ! 死体の山ぁできんのが、関の山だっつぅの!」
 大声でそう口にして意地悪く笑うのだから、悪く言われていない私まで若干腹がたった。ましてや、対象たる傭兵達など言わんがもや、だ。
 しかし、ジュネスがいる限り、彼等がこちらに文句を言うことはないし、因縁をつけてくることもない…はずだった。
「誰がザコだボケごらあぁあ!」
「な――っ!」
 ボサボサ頭に半裸という、野性動物のような出で立ちの男が、叫びながらジュネスの襟を掴んでいた。鋭い眼光がまた、獣らしさを醸し出している。
 しかし、これはまずいだろう… 野生男の命が危ないという意味で。
「ま、待ってください。その男の非礼は私が詫びます。ですから――」
「なぁんてな!」
 は?
「がはははっ! おい! すっげえ久しぶりだってえのに、てめぇは相変わらずだな! ガリオン!」
「お前こそ、声はでけぇわ。半裸だわ。うぜえ。消えろ」
 えーと…
 野生男はすっかり友好的だし、ジュネスはジュネスで暴言を吐きながらも機嫌がよさそうだ。
「知り合いなのか?」
「ん? あぁそうか。お前は初めてだったか。こいつはギリュウ・ラ・ザム。犬と呼べ」
「犬って君…」
 さすがにその呼称はどうなのだろう…
 私の呟きにはとりあわず、ジュネスが顎でこちらを示す。そして、ギリュウ殿に対して私を簡単に紹介した。
 そうしてから、話を続ける。
「で? 犬。お前がいるってことはあの女もいるんだな?」
「イーヴェラ様か? あの方は宿で休んでるぞ。来るか?」
 尋ねられると、ジュネスは本当に嫌そうな顔をした。イーヴェラという方のことを嫌っているのだろうか?
「はっ。誰が! あんなババァに会ったら、ババァ臭くなっちまって敵わ――」
「だあれが、ババァなのよ!」
 がっ!
「うわ!」
 お、驚いた。
 少女が甲高い声を響かせながら、ジュネスに体当たりしたのだ。
 ジュネスは彼女の頭が当たった腰の部分を押さえ、苦痛の声を漏らしている。
 というか、この少女――いや寧ろ幼女と呼ぶべきか。そんな彼女がジュネスの言っていた――
「てめぇ! このババァ! 何しやがる!」
「ババァじゃない! ヴェラちゃんって呼べ!」
「断る! てめぇみたいな若作り、ババァで充分だ!」
 やはり彼女が『ババァ』らしい。
 先程も記したとおり、私の視線の先にいるのは、どう見ても幼女なのだが…?
「このババァは今年で60になる、正真正銘のババァさ。見た目が幼いのは魔法だな」
 私が訝しげにしていたからか、ジュネスが説明してくれた。
 …魔法とはそんなことまでできてしまうのか、などと驚いていると――
 ……………………えぇと。
「あの、何か?」
「いや、ジュネスの馬鹿に友達がいるなんて珍しくてつい… っていうか、友達なんだよね?」
 イーヴェラさんにマジマジと見られていたので何事かと思ったが、そういうことか。
「えぇ。友人です」
「ほー。こいつは古代竜より珍しいわね。拝んどこ」
 言葉どおり、手をあわせて拝みはじめるイーヴェラさん。
 しかも、ギリュウ殿まで拝みだしたのだから、私たちは周りから何の集団だと思われているのやら…
 ばぁんっ!
 その時、何やら大きな音がした。
 機嫌を損ねたジュネスが地面に八つ当たりでもしたのかと思ったが、違うらしい。彼は険しい顔を村の東方へ向けている。
 さらには、拝んでいたイーヴェラさんやギリュウ殿もまた、真剣な表情でジュネスと同じ方角を見つめている。
 もしや――
「りゅ、竜だっ! 竜が出たあぁあ!」
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2009年10月16日

竜 2

 魔獣デルタの一件から十日が過ぎた。現在、グラディアス王国領内にある村の全てが恐怖で満たされている。
 というのも――
「そいつは古代竜だ。名前の通り、古代から存在している最も古い竜種だな」
 私が現地取材で仕入れてきた情報を伝えると、ジュネス・ガリオンは即答した。
 首都グラドーから北方に数日進むと、アヌキィという村がある。いや、あった。
 そこが黄土色の竜に襲われたのは8日前のことだ。そして、それから竜は毎日、グラディアス領内の村々を襲っている。村民のほとんどは、竜のあぎとにかかり食い殺されるか、炎の息で焼き殺されるかしているのだ。
 私の両親のように…
「やはり古代竜か。ならば、君なら殺せるな?」
「何を根拠に?」
 何を根拠に、だって?
「君は昔、古代竜を――私の両親を殺したあいつを倒しただろう!」
 はあ。はあ。
 声を荒げても、ジュネスは表情を変えることもなく自分の作業を続けている。
 彼は先程から街灯石――夜間に路上を照らすためのものに、光の魔法をかけている。交通局にでも頼まれたのだろう。
「…古代竜ってのは強い。他の竜が赤ん坊なんじゃねえかって錯覚するくらいな」
 おもむろにジュネスが言った。
「だからこそ君に――」
「俺も、必ず勝てるとは言い切れねえ」
 …まさか。
「君が、か? しかし…」
「ログタイム国を襲ったやつは老竜だった。それに、ログタイム軍が最期にやつを消耗させてた。あの時は運もだいぶ手伝ってたんだ」
 ・・・・・・
 絶句していると、本日初めて、ジュネスが私に瞳を向けた。冷めた目をしていた。
「そんな理由で竜退治をしようってんなら、俺は手伝わねえぜ?」
「…そんな理由とは、どんな理由だ?」
「復讐。それも見当違いな…な」
 がッ!
 考えるよりも先に手が動いた。私はジュネスの胸ぐらを掴んでいた。
「どこが見当違いだっ! 事実、古代竜は父上と母上を――」
「親を殺したのが人間だったら、お前は俺やそこらの通行人を全員、殺そうとしたのか?」
「――っ!」
 …分かっている。これは八つ当たりだ。
 いま暴れまわっている竜の罪は、彼が犯したもののみ。かつてジュネスが殺したあの竜の罪まで背負わせるのは、まさしく見当違いだろう。
 私はジュネスを掴んでいた手を離し、手近な椅子に座り込んだ。
「…すまない。取り乱した」
 ふぅ…
 呟くように謝った私を数秒見つめてから、ジュネスは小さく息をはき、街灯石に光をこめる作業に戻った。
 そして――
「落ち着いたなら軍と報酬の交渉でもしてこい。随分やられてっからな。あいつらも重い腰あげんだろ」
 何気無い口調でそう言った。
「は?」
「おめえの復讐云々がなくても、暴れまわってるトカゲは何とかしといた方がいいだろ?」
 相変わらず作業を続けたまま、しかめっ面を携えてジュネスが言った。
 …珍しいな。こいつが人道的な発言をするなんて。
 行動はともかく、発言内容はたいてい人でなしに感じるものばかりなのだが。
 と戸惑っていると、ジュネスはやはり作業を続けたまま、やはり鋭い目付きのまま、言葉を続ける。
「何百人死のうが、何千人死のうが、無報酬じゃ俺は動かねえぞ」
 ・・・・・・
「君らしいな」
「そりゃどうも」
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2009年10月07日

竜 1

 皆様は奇跡というものを信じているだろうか?
 私、カリム・ログタイムは信じている。私は奇跡に命を救われた。
 しかし、奇跡は父上と母上を救ってはくれなかった。両親を目の前で亡くし、そんな中ひとりで生き長らえた。それは救いとは呼べないだろう。
 奇跡とは必ずしも救いになるものではないのだ。

 それゆえに、私は奇跡を信じるが、信奉はしない。

 数年前の春の宵。世界が崩壊したのではないかと錯覚するような轟音が響いた。続けて、この世のものとは思えないいななきが…
 ギュオォォオオォオっっ!!
「何事だ!」
 あの時叫んだのは誰だっただろうか? さっぱり記憶にない。そんなことは大事でないからだろう。
「お父様! お母様!」
 廊下を駆けているのは、かつての私だ。轟音といななきが両親の寝室から聞こえてきた気がして、居ても立ってもいられなくなったのだ。
 そしてその直感は、最悪なことに当たっていた。
 両親の部屋の窓の外には、巨大な竜が激しい羽音を立てて飛んでいた。黄土色の堅そうな鱗が、月明かりの下で光っていた。
 竜が壊したのだろう。部屋の壁は派手に崩れていて、中には外気が侵入していた。たいそう寒かったのを覚えている。
 そして、その部屋の真ん中で、両親は抱き合っていた。
「お父様ぁ! お母様あぁ!」
 私の声に反応し、二人がこちらを向いたその時、竜が口を大きくあけた。
 そして――

「んん…」
 目を覚ますと、眼前には焦げた部屋が広がっていた。そしてその中には、黒い人型が二体あった。
 両親だった。
 竜が炎を吐いたのだろう。部屋の中はまんべんなく焦げていた。
 そんな中で、なぜ私が助かったのかは分からない。それこそ奇跡と言わず何だというのか。
 両親が死んだ混乱に紛れて、私は外に飛び出した。あそこにいたくなかった。着の身着のままで飛び出し、歩き続けた。
 そして、真夜中の街道でジュネスに逢ったのだ。
 ジュネスは道の真ん中に立ち、青い顔をしていた。
 今思えば、あの時ジュネスは、私のことを幽霊だと思っていたのではないか。長い黒髪を振り乱しながら裸足で走るドレスの女など、どう考えてもまともではない。幽霊でないのならば、狂人だ。
「あ、あの。お加減がよろしくないのですか?」
 尋ねたのは私だった。ジュネスの顔色が悪いのがつい気になったのだ。
 ジュネスは寸の間沈黙し、それから意地の悪い笑みを浮かべた。当時はそのように考えたが、実際のところ恐怖で顔がひきつっていたのかもしれないな。
「…へ。心配には及ばねえよ」
 そう口にして彼はその場を去った。

 それから数日後、私は再びジュネスを目にすることになる。竜を殺した英雄としての彼を。
 ジュネスはあの頃から、伝説だった。
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2009年10月02日

幽霊 5

 整備された地面が黒く焦げている。魔法という不可思議な力がいかに強大か、よく分かる光景だ。
 小さな炎が未だくすぶっている中、辺りを見回してみる。デルタの姿はどこにもない。
「ゆ、幽霊にも、魔法は効くのだな…」
 安心したせいか、私は立っているのが億劫になり座り込んだ。
 ジュネスはそんな私を見下ろし、鼻を鳴らす。そして、鋭い瞳によく似合う悪態をつく。
「馬鹿じゃねぇの」
「な…! いきなり何だ! いくら私でも、理由もなく馬鹿にされたら怒るぞ!」
 はぁ。
 ジュネスは深くため息をつき、こちらを冷めた目で見た。
「安心しろ。理由があって馬鹿にしてる」
 …理由があるからといって安心できるものでもないが、まずはその理由とやらを聴いてみるとしよう。ジュネスに視線を送り、話を促す。
 ジュネスは一拍おいてから、続けた。
「未だ幽霊だとか言ってんのが、馬鹿だっつぅんだよ。いや馬鹿じゃ生温いな。キチガイだ。お前は」
 そこまで言うか?
 …文句を口にしても話が先に進まないだけなので耐えるがね。あぁ、私はなんと大人なのだろうか。どこかの誰かとは大違いだ。
「…何かむかつく顔してんな、てめぇ」
「気にせず続けたまえ。君はあのデルタが幽霊ではないというのだろう?」
 尋ねても、ジュネスはしばし渋面を携えたままだった。しかし、直ぐに口を開いた。時間の無駄だと気がついたのだろう。
「そうだ。あれは幽霊なんて馬鹿げたもんじゃねぇ。Nztzmrnzだ」
 …は?
 今のはおそらく古代語だろう。しかし、その道に明るくない私は、当然ながら意味が分からなかった。
「ちっ。キチガイ相手に説明するのは面倒だな」
 先程のくだりを踏襲しているのだろうが、この場合キチガイという評価が合っているかといえば、合っていないだろう。
「Nztzmrnzは…無理やり今の言葉に直せば『魔獣』ってとこだ」
「魔獣?」
 デルタは確かに獰猛な獣のようだったが…
「言っただろ? 無理やり今の言葉にしたんだ。しっくりこないこともあるさ」
 私が露骨に不思議がっていたのだろう。質問をはさむ前にジュネスが先回りした。そして先を続ける。
「より正確に説明するなら、生物の残留思念に闇魔法で仮そめの体を与えた結果ってとこか」
 なるほど、確かに先程よりは納得できる。人も獣も生物には違いない。
 闇魔法というのは確か、自然魔法と対比して用いられる種類の魔法だ。自然魔法が、炎や風、雷などの自然が生み出す事象を引き起こすものなので、闇魔法はまあ、それ以外の事象を引き起こすのだろう。
 それ以外というのが何なのかと尋ねられても困るぞ? 知りたいのであれば、ジュネスに尋ねてくれ。
 当のジュネスは構わず説明を続けている。
「そして、魔法で生み出された魔獣は魔法で倒せる。だからほれ。あの殺人鬼も綺麗さっぱりだ」
 ジュネスが腕を向けて示した先には、確かに魔獣デルタの姿はない。
「これにて一件落着だ」
 そう締め括るジュネス。しかし、その瞳は険しい。この険しさは常のものではない。機嫌が悪いときのものだ。
 おそらく、気になっていることがあるのだろう。即ち、デルタを魔獣にした者は誰なのか、と。
 しかし、考えて出る答えでもなかろう。縁があれば、今後その者と相対することもあるに違いない。その時を楽しみにしておけばいい。
 …私は会いたくないがね。何やらヤバそうな匂いがプンプンする。
 そんなことよりも、私としてはデルタについて知っておきたい。彼のセンセーショナルな行動は、裏話をまとめて執筆すれば、出版社が高く買ってくれそうだ。
 …ジュネスは何か掴んでいるだろうか? この男はしばしば鋭く、そして的を射る。
「ジュネス」
「あ?」
 やや機嫌が悪そうだが、気にせず尋ねるとしよう。この程度で怖じていてジュネスと付き合えるものか。
「君はデルタがなぜこのような凶行に走ったと思う?」
「女どもが気に食わなかったから。そして、あいつは力があった」
 即答か。しかし、今のだけでは分からない。
「なぜ気に食わなかったのだ?」
「理想の容姿を持ちながら、理想とは違う行動を取ったからだろう。殺された女どもは男遊びが激しかったらしい。Uzpvだったのさ」
 Uzpv―偽者。デルタが現場に残した言葉。彼の理想に合わないという意味で『偽者』だったのだ。
 つまり――
「デルタは、少女たちに好意を持っていたのか」
「違うな」
 違う?
「しかし、彼女たちは男関係に関して以外は、彼の理想だったのだろう?」
 恋人としての。
「ああ。理想だった。女どもは、デルタがなりたい姿形をしていた」
 …?
「なりたい姿形? どういうことだ?」
 ふぅ。
 尋ねると、ジュネスはわからねぇか? と口にし、こちらを見た。
「デルタはお前と同じだった。あの男はお前と同じ――性同一性障害だった」
「…何?」
 …確かに、私は性同一性障害である。
 自分が男であるとしか思えないし、男物の服を着ないとしっくりこない。更にいえば、自分の胸の膨らみが気持ち悪いとまで感じている。
 しかし――
「あのデルタがだって? 私は彼を一度目にしているが、筋骨隆々とした逞しい男性だったぞ? 言葉遣いも決して綺麗ではなかった」
 見目麗しい少女に憧れ、そのようになりたいと欲し、更には肉欲に溺れた者を私刑にしていた者が、見た目に無頓着で口汚いというのは解せない。
 言葉遣いはもとより、見た目だって努力すれば変えられる。私の知り合いの中にも、女性にしか見えない男性が大勢いる。
「問題は見た目じゃねぇだろ。お前だって俺と会った頃は、黒髪長髪に白いドレス。たいそう気味の悪い見た目だったぜ?」
「…あの頃はまだ、周りの者に遠慮していたのだ。特に父上と母上を失望させたくなかった」
 その両親も既に亡くなった。
「デルタも似たようなもんだったんじゃねぇの」
「…」
「周りの奴等を失望させたくねぇとか、そんな立派なもんじゃなかったかもしれねぇ。ただ、周りの視線が怖かっただけかもしれねぇ」
 あぁ。
「あいつの見た目も言動も、常識的な世間の目を避けるために身につけた処世術だった。そんなとこじゃねぇかと思うぜ?」
 彼は昔の私か。
 あの凶行も、自分を偽り続けることに疲れたことが一因だったかもしれない。
「まぁ全部ただの想像だけどよ。ただ、デルタは女どもをレイプしたことは一度もない。なら、今のような解がもっともらしいと思うぜ?」
 私もそうなのかも知れないと考える。そして、彼にも私のように、周りからの理解か、立ち向かう勇気のどちらかがあればよかったと嘆かずにいられない。
 多くの者に手をかけたことは許されることではない。それでも、安らかに眠って欲しい。せめて私だけはそう願おう。
「書いて、売るか?」
 見透かされていたか。しかし、もうそんな気は起きない。
「いいや」
 応えると、ジュネスは肩をすくめた。そして視線を巡らし――
 固まった。
「? どうした」
 彼の視線の先を見やると、数名の少女がいた。
 どこかで――
 そうだ! 彼女たちは今回の事件の犠牲者だ。
 つまり、
「ジュネス! 彼女たちも魔獣な…のか…?」
 思わず言葉を飲み込んだ。ジュネスがこの上もなく青い顔をしていたからだ。
 もしかすると…
「Ortsgvmrmt!」
 突然ジュネスが魔法を使った。雷鳴が轟き、少女たちを光が包む。
 そして――何も起こらなかった。
 いや、正確にはそうではない。地面は雷の影響で砕けている。
 しかし、少女たちには何も起きていなかった。黒焦げになるどころか、かすり傷ひとつ負っていない。
 魔法が効いていない。
 魔獣ではない。
 つまり――
「幽霊!?」
 ばたんっ!
 大きな音に驚き隣を見ると、ジュネスが倒れていた。
 …まぁ仕方がない。
 慧眼な皆様はもうお気づきかもしれないが、一応明かしておこう。
 ジュネスは幽霊が怖いのだ。
 …情けないと笑わないであげてくれ。私はかつて爆笑したが。

 ちなみに、私は幽霊たちに散々文句を言われた。殺人鬼を倒してくれたことに対して礼を述べたかっただけなのに、なぜ攻撃されなければいけないのだ、と。
 その文句がまた、知性の欠片も感じられない単語で成されていたため、私は頭が痛くなった。
 これは、今回の件の私の分の取り分を多くしてもらわぬと割に合わないな。まったく…
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